大判例

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仙台高等裁判所 昭和60年(行コ)12号 判決

控訴人(原告) 佐藤守 外二名

被控訴人(被告) 宮城県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。本件を仙台地方裁判所に差し戻す。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴人らにおいて、「控訴人らは、本件登録申請にかかる各営業所について、新食管法に基づく許可申請をしなかつた」と述べ、被控訴人において右事実を認め、次のとおり、当審における補足主張を各追加し、当審における証拠関係が、当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

三  控訴人らの補足主張

1  登録制から許可制への移行

控訴人らは、本件訴えを昭和五七年五月八日提起したところ、食管法の米穀小売業者販売業者登録制は、昭和五六年六月一一日公布の「食糧管理法の一部を改正する法律」(法律第八一号)により、登録制から許可制に移行した。

原判決はこの移行をもつて、登録制は廃止され、許可制に改まつたとして、「右登録処分又は登録処分の懈怠により自己の権利又は法律上保護される利益を侵害された者は、すでにその法益を回復する可能性ないしは利益が皆無となつた」旨判示している。

しかし、原判決は、登録制から許可制に移行したことによる行政処分の実質的な内容の変化、移行に伴う処置の実態、そして移行の現状等について、事実の誤認、判断の誤りを犯している。

2  「旧食管法」の業者登録と、「新食管法」の業者許可

同法の立法者自身が、右制度の変更はその実体を変更するものではなく、旧制度が「登録」であつてもその実体が許可であつたので、「許可」と名称変更をした、と断言しているところである。

登録制のもとにおける登録要件である違法要件、経験要件、資力、信用要件、施設要件、規模要件の五要件は、そのまま許可制のもとにおける許可要件にひきつがれ(むしろ、そのままであつた)、許可要件中の数量要件は任意要件にすぎない。

もつとも登録制と許可制とにおいて一部要件を異にするものがあるが、その故に両制度の実質的同一性を否定するのは正しくない。両制度は、実質的に同一であり、変化はなかつたことは明らかである。

3  制度移行にともなう所定期間内の許可申請の実態

新旧両制度の切替に当り、経過措置として、昭和五七年一月一五日の新食管法の施行日から六ケ月間は従来の登録業者が新制度における許可を受けた者とみなされるとともに、同年五月一日から同月一〇日までの期間内に新制度における許可申請をなすべきものとされ、その申請書には、旧制度における登録申請書と実質的に同一内容の事項を記載してその審査がなされることになつており、また、右許可申請をなしうる者は既存の登録業者に限定されて、それ以外の者が申請しても許可されないことが行政指導によつて明らかにされていたのである。

控訴人らは、旧制度における登録申請をしてそれに対する処分がなかつたところから、新制度における許可申請の期間内に本件訴えを提起した。

原判決は、右申請をしたのは、本件三業者を含む旧食管法施行当時の登録業者のみであつた旨認定しているが、これは右行政指導により登録業者以外のものは許可しないことが明らかにされていたからであつて、結果的に一般公募したものがそうなつたわけではない。右許可の申請資格が登録業者に限定されていたものではないとすることは実態に反するのである。

昭和六〇年度の一斉更新手続がとられているが、これも「現小売業者以外の許可は行なわない」(甲第二六号証)ものである。

昭和六〇年六月一日、所定の申請期間内に小売業の許可を申請した一八業者のうち「平間商店」(販売業者平間喜美郎)に代つて「マルサ商店」(同佐藤逸彦)が許可申請したが右「マルサ商店」は「平間商店」の営業の譲渡を受けたもので、別な業者が出現したというのではなく、両業者間の連続性、更新性を否定することはできない。甲第二六号証の通知は、この実態を端的に示しているものである(一斉更新とある)。

4  結び

このように両制度の間には実質的同一性があり、許可は、登録の有効期間の延長ないし更新というのが実態であり、全く別個独立の処分というものではない。

控訴人らは、登録処分の無効確認又は不作為の違法確認がなされれば、登録処分に引続く手続を経て登録業者とされ、ひいては許可制の下でも既存業者、現業者として許可が与えられるという地位の取得や、その取得の可能性を有するものである。

したがつて、原判決の判断は、事実を正しく把握していないばかりでなく、制度運用の実際とも異なるものである。

四  被控訴人の補足主張

1  米穀販売業者に対する登録要件と許可要件等について

食管法の改正による米穀販売業者の登録制度から許可制度への移行によつて、販売業者の地位、役割、要件、有効期間等制度の内容自体が大幅に変更され、両者が全く性質の異なる行政処分と解するほかない。控訴人らは、業者登録の要件が許可要件としてそのまま継承されたかのような主張をしているが失当である。

例えば遵法要件をみた場合、登録要件では「諸法令違反の行為により一年以上の懲役又は一万円以上の罰金に処せられたことがないこと」(旧食管法施行規則(以下旧規則という。)二一条二項一号)及び「それらの刑に処せられた者がいかなる名目によるものであつても実質上当該業務の運営を支配するおそれがないこと」(旧規則二一条二項二号)とされているのに対し、許可要件では「禁錮以上の刑に処せられ、又は刑の執行を受けることがなくなつた日から二年を経過しない者でないこと」、「許可を取り消され、その取消しの日から二年を経過しない者でないこと」(令五条の一二第一項一号)とされている。更に、資産信用要件として許可要件では「申請者が小売業を的確に遂行するに足りる資力信用を有すること」(令五条の一二第一項三号)が付加され、また卸売業者に対する米穀の買受けの登録の予約(令五条の一二第一項五号)が要件に加えられているのである。

このように登録要件と許可要件とでは、同じく遵法要件と呼称しても、その内容に右のような差異があるほか、新たに許可要件として資産信用要件等が付加されているのであつて、このことは登録制度下における業者としての資格と許可制度下における業者としての資格そのものが異なるものであることを端的に示すものにほかならない。

2  登録業者と許可業者の地位について

法改正により販売業者はその地位と責任を明確に位置付けられ、消費者の需要の動向に対応しつつ、米穀を適正、円滑に供給する責任を負うこととなつた。これに対して、許可権者たる知事は販売業者の適正な業務運営について指導監督に当たることとなり、販売業者が知事の指導監督に服しない場合にはこれに対し行政罰を含む強い措置を講じ得るよう所定の規定が整備された。

具体的には、登録制度下においては、販売業者が法令又はこれに基づく命令その他の処分に違反したとき等一定の事由が発生した場合に業者登録の取消しをもつて臨むこととされていたが(旧食管法施行令五条の二第二項)、右規定のみでは当該事案について適切かつ有効な監督権限の行使が困難であつたことから、許可制度下においては、販売業者の適切な業務運営の確保を図るため、都道府県知事は業務改善措置命令を発令することができる(新食管法八条の二第四項)ものとし、併せて右業務改善措置命令を実効あらしめるための措置をも整備し、右知事の命令に従わないものに対しては許可の取消しに加えて業務の停止又は制限をする権限が付与され(同法八条の二第五項)、同時に知事の業務改善措置命令に違反した者は一年以下の懲役又は一〇〇万円以下の罰金に処せられる(同法三二条の二)こととなつたのである。

このように、登録業者たる地位と許可業者たる地位は両者の役割、位置付けの違いにより、知事の監督権限の対象として考察した場合でも大きく変化しているのであつて、両者が実質において同一であるなどとは到底言い得ないものである。

3  これまで被控訴人が主張してきたとおり、登録業者と許可業者とでは法が予定している役割、位置が大きく変化しており、それに伴つて、販売業者としての要件、有効期間等も両者で異にしているのである。

法改正の趣旨が販売業者としての役割、地位を見直し、登録制度を廃止して新たな許可制度を採用したことは明らかであり、また登録業者と許可業者の差異を見れば、右制度の変更が単なる名称変更や有効期間の延長ないし更新にとどまるものでないことに疑問の余地はない。

控訴人らの主張は登録から許可へという制度改正の趣旨、改正内容を無視し、制度改正に伴う一時的、過渡的措置として登録業者が法改正による許可を受けたものとみなされたこと等に拘泥して、登録処分と許可処分の同一性を主張するもので、理由のないものである。

理由

一  当裁判所も、原審と同様に、控訴人らの本件訴えは、訴えの利益を欠く不適法なものとして却下を免れないものと判断するのであるが、その理由は、次のとおり附加、訂正をするほかは原判決の理由説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  原判決一一枚目裏二行目の「していない。」の次に「この点当事者間に争いがない。」を、同一二枚目裏五行目の「申請資格が」の次に「、行政の運用においては、後述のように、現に登録されている小売販売業者に限定して許可する取扱いがなされたが、法令上は、許可要件に該当する申請者のうち、現小売販売業者以外の申請者のいずれかに対して小売販売業の許可を行おうとすれば、申請に係る市町村の区域における米穀の適正かつ円滑な供給に支障が生ずることとなると認められるときは現小売販売業者以外の申請者の全部に対して小売販売業の許可を行わないものとし、現小売販売業者以外の申請者の一部に対して許可を行わないときは、あらかじめ、申請に係る市町村の区域における米穀の適正かつ円滑な供給に支障が生ずることとならないようにするため必要と認められる範囲内で許可定数を定めて行うものとされており(令五条の一二第三項、規則五六条、五三条、なお、成立に争いのない甲第二三、第二四号証参照)、」を加え、同行の「登録業者」の次に「(現小売販売業者を指す。)」を加える。

2  控訴人らは、米穀小売販売業者についての旧食管法における登録と新食管法における許可とが実体上同一の制度であり、許可の実態は、登録にかかる小売販売業者たる資格の有効期間の延長ないし更新に外ならないとし、これを前提に、新食管法における許可制度の施行後も、本件訴えにおける訴えの利益が失われないと主張しているので、更に補足して検討を加える。

新食管法における小売販売業者の許可要件は新食管法八条ノ三、同令五条の一二、同一一第一項、一、二号に定められている(その内容は、被控訴人の本案前の主張のとおりである。)が、旧食管法における小売販売業者甲の登録要件に比し、一部その資格要件を加重する等、その要件を異にするものがあることは被控訴人の当審における補足主張1のとおりであつて、このことは、新、旧の各法令及び施行規則等の該当条文に照らして明らかなところである。してみると、新食管法における許可処分(同法附則四項により同法施行後六月間登録を受けている小売販売業者について新食管法における許可を受けたものとみなす、いわゆるみなし許可はこの処分に入らない。これは法律上、許可が擬制されるだけで、条個の許可処分がなされるものではない。)は、同法令所定の許可要件を審査し、その要件に該当する適格者に対してのみ行われるものであることは事柄の性格上明白であり、旧食管法において登録の要件に該当するものとして登録された小売販売業者が、当然に新食管法における許可要件を満たし、許可処分が行われるものとは云えないものであるから、旧食管法の登録制度と新食管法の許可制度とは、前後継続性のない別個の制度と解するほかはない。

もつとも、旧食管法における登録を受けた現小売販売業者が、新食管法における許可要件にも該当し、したがつて新食管法における許可を受けうる蓋然性が高く、また、運用の実際においても現小売販売業者のみが許可の対象とされ、或はそのほとんどに対して許可が行われたことも、事柄の性質上考えられないことではないけれども、このようなことから、控訴人ら主張の如く、新食管法における許可が旧食管法における登録の有効期間の延長ないし更新と同視すべきものと解することはできない。

新食管法における許可制度に基づき、昭和五七年六月一日をもつて一斉になされた小売販売業の許可(いわゆる一斉更新時の許可)については、前説示のとおり、法令上は許可要件に該当する現小売販売業者に対して優先して許可を行うものの、それ以外の適格者たる申請者に対しても一定の条件のもとで許可を行い得るものとされていたが、成立に争いのない乙第三四号証によれば、行政の運用方針として、現小売販売業者以外の者に対して許可を行うことは適切でなく、制度改正により設けられた新規参入、販売所設置の制度の運用によるのが適切である旨の考慮から、新規店舗の展開を認めないこととしたことが認められるのであるが、このような行政上の運用がなされたことをもつて、直ちに許可制度と登録制度との関係について、控訴人ら主張の如く解する十分な根拠となるものではない。

したがつて、旧食管法における登録制度は、新食管法における許可制度の施行に伴い、廃止されて存続しなくなり、登録に係る小売販売業者としての資格も消滅し、新食管法において、旧登録小売販売業者に対して暫定的に附与したみなし許可の資格存続期間が経過した現時点においては、如何なる意味においても、旧食管法における登録処分の効力を争い、或は、登録申請に対して処分がなされない不作為の適法性を争う利益はなく、まして、控訴人らは、本件登録申請に係る営業所について新食管法における許可申請をしていない者であるから、新制度下においても許可を受け得る余地はなく(許可申請をしないことが、前述の如き行政の運用方針を背景としたものであつても、このことに変りはない。)この点からも、旧制度下における前記の各点を争う利益はないというべきである。

二  以上の次第で、原判決は相当であり、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条一項、九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奈良次郎 伊藤豊治 石井彦壽)

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